友人や家族に貸したお金を、取り立てにならない形で記録する
親しい相手とのお金は、わざと忘れられるのではなく、誰も書かなかったから消えます。金額には正確で、圧力については黙っている記録のしかた。
友人間のお金がわざと踏み倒されることはめったにありません。ほとんどはこうして消えます。そのとき誰も書かず、二か月後には双方の記憶する金額が食い違っていて、その段階で切り出すと妙な空気になる。
貸したお金は支出ではない
最初の技術的な問題は、貸した三万円を何として書くかです。支出は誤りです——あなたのお金は減っておらず、置き場所が変わっただけです。支出にすると今月の出費が三万円だけ嵩み、返ってきたときには出所のわからない収入を処理する羽目になります。
正しい扱いは、これを**外に出ているお金**として見ることです。どの支出カテゴリにも入れず、誰に・いくら・いつ、だけを別に持っておく。返ってきたらその記録を閉じる。こちらも収入にはしません。
返金の話([[how-to-record-refunds-and-reimbursements]])と同じ理屈です。判断の基準は「そのお金は本当に使われたか」であって、「口座から出たかどうか」ではありません。
書いたほうが気が楽になる理由
書かない人の多くは、細かいと思われたくないからです。実際の効果は逆になります。記録がないと、この件はずっと頭の隅に残り、しかも時間が経つほど言い出しにくくなります。三万円だったか三万二千円だったか自信がなく、確かめること自体が計算高く見えるからです。
書いてしまえば、これは「もやもやした不快」から「確定した情報」に変わります。注意を割く必要がなくなり、切り出し方を頭の中で何度も練習することもなくなります。実際に触れるときも、具体的な金額と日付を言うほうが、遠回しな示唆よりずっと品があります。
何を書くか
- 金額と日付。争いの元はこの二つだけです。
- 誰に。余計に見えますが、一年経つと本当に曖昧になります。
- そのとき決めた返し方——あれば。「来月の給料で」と「余裕ができたら」は別のことなので、言われたとおりに書いておく価値があります。
- 自分の感情の評価は書かない。家計簿は自分用の記録であって、証拠ではありません。
書かなくてよいのは、利息、催促の計画、通知の頻度です。これらを足した瞬間にこの記録の性質が変わり、自分で見ていても居心地が悪くなります。
いつ渡し切りとみなすか
貸した時点で戻る見込みが薄く、双方うすうす分かっているお金があります。急場の親戚に、就職したばかりの従弟に、いま苦しい友人に。これを「貸し」に残し続けると、その相手との間に消えない小さなしこりになります。
すっきりする方法は、渡すときに自分の中で性質を決めてしまうことです。「戻らなくても受け入れる」と判断したなら、最初から支出として、交際費なり相応のカテゴリに書いて、以後考えない。
これは道徳的な姿勢ではなく、帳簿としての正直さです。「貸し」に残っているお金を、家計簿はずっとあなたの資産として数えます。自分でも戻ると思っていないなら、その資産は虚像です。支出にして初めて、家計簿が実態を映します。
逆に、金額が大きくて本当に戻す必要があるなら、貸したその日に時期を決めておくべきです。相手を疑うためではなく、以後どちらも推測しなくて済むようにするためです。
借りた側も同じ
向きが逆でも成り立ちます。借りたお金は収入ではなく、返すべき負債です。収入として扱うと今月が余裕あるように見え、その余裕は嘘です。
こちらのほうが記録の価値は高いくらいです。忘れる費用が自分の側にあり、相手はたいてい覚えているからです。
よくある質問
貸したお金を支出にしてもよいですか
戻らない見込みが高いと自分で判断したなら、そのほうが正直です。家計簿がそれを資産として数え続けなくなります。本当に戻す必要があるお金なら支出にしてはいけません。今月の出費が嘘の額になります。
記録すると細かい人だと思われませんか
記録は自分用で相手には見えません。関係を傷めるのは曖昧さのほうで、二か月後に金額の記憶が食い違ったときこそ気まずくなります。
リマインダーを設定すべきですか
勧めません。繰り返し現れるタスクになってしまいますが、本来これは自然な機会に一度だけ触れれば済むことです。金額と日付を持っていれば十分です。
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