カードやキャッシュレスだと、本当に使いすぎるのか
よく言われる主張を、根拠のほうから見ます。有名な実験、その限界、そして再現の状況。効果の大きさが不確かでも確実に言えるのは、記録の側の非対称です。
「現金で払うようにしたら支出が減った」という話は、家計の助言としてほぼ定番になっています。日本でもキャッシュレス化が進むにつれて、その反動のように語られる頻度が上がりました。
この主張には、それらしい根拠があります。同時に、その根拠は、引用されるときにほぼ必ず、実際より強いものとして紹介されます。ここでは元の研究に戻って、何が示されていて何が示されていないかを見ます。結論を先に言うと、効果はあるかもしれないし、あってもおそらく控えめで、そして家計簿の観点ではもっと確実な論点が別にあります。
いちばんよく引かれる実験
Drazen Prelec と Duncan Simester による 2001 年の論文「Always Leave Home Without It」です。研究者らは、実際のスポーツ観戦のチケットを封印入札の競売にかけ、参加者に入札額を書かせました。半分には現金で支払うと伝え、半分にはクレジットカードで支払うと伝えました。
カードと言われた側の入札額は、現金と言われた側よりかなり高くなりました。金額の話をしているのに、支払いの手段を変えただけで、支払ってもよいと思う額が動いたわけです。印象的な結果ですし、実際に印象的だから広く引用されています。
その限界も、同じ息で書きます。参加者は学生を中心とした少人数で、標本は小さい。行われたのはスーパーでの買いものではなく、封印入札の競売という特殊な状況です。そして、これは実験室の設定であって、月々の家計ではありません。研究者ら自身が、控えめな表現をしています。
理屈のほう
なぜそんなことが起きるのか、という説明としては、メンタルアカウンティングの系譜があります。Richard Thaler らが展開してきた考え方で、人はお金を一つのプールとして扱わず、出どころや用途によって別々の心の勘定に振り分けている、というものです。
ここから出てくるのが、支払いの痛みという概念です。お金を手放すこと自体に、心理的な不快が伴う。そして現金は、その不快が最も鮮明です。財布から札を出し、残りが減るのが目に見える。カードは、行為としては署名かタップだけで、実際の引き落としは翌月です。支払いと消費が時間的にも感覚的にも切り離されている。この切り離しが、痛みを弱め、結果として使う額を増やす——という筋です。
理屈としてはよくできていますし、直感にもよく合います。ただし、直感に合うことは証拠ではありません。
再現の状況
ここが、この話でいちばん語られない部分です。
支払い方法が支出を変えるという効果を、実際の購買データや現場で確かめようとした研究は、その後たくさん行われています。結果は一致していません。効果が見つかるものもあれば、見つからないものもある。見つかった場合でも、効果の大きさは、実験室の結果から想像されるより小さいことが多い。
これは珍しいことではありません。行動経済学の古典的な結果のいくつかは、現場での再現が難しいことが分かってきています。実験室で強く出た効果が、現実の購買行動では薄まるか消える、という経過は、この分野で繰り返し起きています。
つまり、「カード払いは支出を増やす」は、確立した事実ではなく、支持する証拠と支持しない証拠の両方がある主張です。片方だけを紹介するのは、どちらの側であっても不誠実です。
交絡の問題
仮に、カード利用者のほうが支出が多いというデータが出たとしても、そこから因果を読むのは危険です。少なくとも三つの理由があります。
- 買うものが違う。家電や旅行や高額な買いものはカードで、自販機や賽銭や個人商店は現金。カード払いの合計が大きいのは当然で、支払い手段が支出を増やしたからではありません。
- 人が違う。カードを主に使う人と現金を主に使う人は、年齢も収入も居住地も、金融サービスへの接し方も違います。支払い手段だけを取り出して比較することはできません。
- 環境が違う。キャッシュレス化が進んだ地域と、そうでない地域は、ランダムに割り当てられたわけではありません。都市部と地方、若年層と高齢層で、決済環境そのものが違います。
さらに、時代の問題があります。二〇〇一年の実験で扱われたのは、署名して翌月に一括で請求が来るクレジットカードです。二〇二六年の日本で人々が使っているのは、スマートフォンでのタップ、コード決済、残高からの即時引き落とし、ポイント還元つきの支払いです。残高が即座に減るコード決済は、心理的には現金にかなり近いかもしれませんし、そうでないかもしれません。二十五年前のクレジットカードの実験は、この問いにほとんど答えていません。
効果の大きさとは無関係に、確実に言えること
ここからが、家計簿の観点で実際に使える部分です。
カードとキャッシュレスは、記録を残します。現金は残しません。この非対称は、行動への影響がどうであろうと、あなたの帳簿の中に確実に存在します。
結果として何が起きるか。カードやコード決済で払ったものは、記録し忘れても、あとから履歴で拾えます。現金で払ったものは、その場で書かなければ、この世のどこにも残りません。そして現金で払うものは、少額で頻度が高い——つまり最も記憶に残らない種類の支出です。
だから、記録という一点だけを見るなら、キャッシュレスのほうが圧倒的に有利です。現金派の家庭の家計簿は、放っておくと構造的に穴が開きます。「現金にしたら支出が減った」と感じている人の一部は、実際には「現金にしたら記録できる支出が減った」だけかもしれません。これは冗談ではなく、記録の抜けは実際にそういう錯覚を生みます。
ただし逆向きの効果もあります。キャッシュレスは記録が残るからこそ、記録を後回しにしやすい。あとで履歴を見ればいい、と思うので、その場で書きません。そして「あとで」は、多くの場合来ません。履歴が残っていることと、家計簿がついていることは別です。
自分で確かめる方法
この問いには、あなた個人にとっての答えがあり、それは他人の研究より役に立ちます。標本数一の実験ですが、対象があなた自身なので、外的妥当性の問題がありません。
- 一か月、いつもどおりに暮らして、全部記録する。支払い手段も一緒に記録する。この月が基準です。
- 次の一か月、変動費——食費、外食、日用品、雑貨——を現金に切り替える。固定費や家賃は動かさない。
- 同じように全部記録する。現金は記録が抜けやすいので、ここは意識してその場で書く。
- 二か月を比べる。ただし、季節、来客、休みの有無といった違いを先に確認してください。二月と三月を比べているだけかもしれません。
- 二か月で差が出なければ、もう一往復やってみる。それでも出なければ、あなたにとっては効果がないということです。
この実験の最大の落とし穴は、二か月目に記録が甘くなることです。現金の記録は難しいので、支出が減ったのではなく記録が減った、という結果が非常に出やすい。ここを厳しくやらないと、実験そのものが意味を失います。
Fambook で言えば、各記録はまず端末に書かれてからサーバーへ送られるので、レジ前でも、地下でも、圏外でも保存できます。現金の記録がその場でできるかどうかは、この実験の成否を分けるところです。あとで書けばいい、が通用しないのが現金だからです。
結論を、開いたまま置く
この記事は、現金に切り替えるべきだとも、キャッシュレスで問題ないとも言いません。証拠がそこまで強くないからです。
言えるのは次のことです。支払い手段が支出に影響するという説には、実験室での支持と、現場での不一致の両方がある。効果があるとしても、おそらく語られているより控えめで、あなたに当てはまるかどうかは分からない。そして、支払い手段があなたの帳簿の完全さに影響することは、確実です。
どちらを選んでも、家計にとっての値打ちは、選んだあとに記録が続くかどうかで決まります。現金に切り替えて記録が途切れるくらいなら、キャッシュレスのまま全部記録できているほうが、はるかに多くを教えてくれます。
よくある質問
現金で払うと支出が減る、というのは本当ですか。
決着はついていません。最もよく引かれるのは Prelec と Simester の 2001 年の実験で、カード払いと言われた参加者のほうがチケットに高く入札しました。ただし少人数の封印入札の競売で、実験室の設定です。後年の現場での再現はまちまちで、効果が見つからないものもあります。試す理由としては十分ですが、事実として扱うには弱い。
メンタルアカウンティングというのは何ですか。
Richard Thaler らが展開した考え方で、人はお金を一つのプールとして扱わず、出どころや用途で別々の心の勘定に振り分けているというものです。ここから「支払いの痛み」という概念が出てきて、現金は痛みが鮮明でカードは薄れる、という説明になります。理屈としてはよくできていますが、直感に合うことは証拠ではありません。
コード決済も、クレジットカードと同じですか。
同じかどうかは分かりません。二〇〇一年の実験は、署名して翌月に一括請求が来るクレジットカードを扱ったものです。残高から即座に引き落とされるコード決済は、心理的には現金に近いかもしれませんし、そうでないかもしれません。二十五年前の実験は、この問いにほとんど答えていません。
カード利用者のほうが支出が多いというデータは、証拠になりませんか。
なりません。買うものが違い、人が違い、環境が違うからです。高額な買いものはカードで、自販機や個人商店は現金です。カードを主に使う人と現金を主に使う人は、年齢も収入も居住地も違います。支払い手段だけを取り出した比較にはなっていません。
記録という観点では、どちらが有利ですか。
キャッシュレスが明確に有利です。履歴が残るので、書き忘れてもあとから拾えます。現金はその場で書かなければ、どこにも残りません。しかも現金で払うものは少額で頻度が高く、最も記憶に残らない種類です。ただしキャッシュレスには、あとで履歴を見ればいいと思って結局書かない、という別の落とし穴があります。
自分で試すなら、どうすればいいですか。
一か月いつもどおり記録して基準を作り、次の一か月は変動費だけを現金にして、同じように記録します。落とし穴は二か月目に記録が甘くなることです。支出が減ったのではなく記録が減っただけ、という結果が非常に出やすいので、現金の記録はその場でやってください。季節や来客の違いも先に確認しておくこと。
ひと月ためしてみる
Fambook は家族にひとつの共有帳簿を渡します。誰でも数秒で一件書けて、どの記録にも誰が使ったかが残り、ひと月の合計が二か所ではなく一か所にまとまります。圏外でも記録でき、あとから同期します。記録、カテゴリ、予算、統計、CSV の入出力、同期、二人での共有は無料。課金で買えるのは「入力の手間が減ること」だけです。