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収入が違う二人で、共同の生活費をどう分けるか

折半、収入に比例、全部ひとつの財布。どれも別の定義で公平で、どれも別の場所で壊れます。三つの比較と、家事・借金・貯蓄をどう扱うか。

二人が一緒に暮らしている。片方の収入がもう片方よりかなり多い。家賃、光熱費、食費、その他すべてを払わなければならない。これを解く計算式はありません。食い違っているのは計算ではなく「公平とは何か」だからで、擁護できる答えが少なくとも三つあります。

以下はその三つの比較で、それぞれの壊れ方をそのまま書きます。どれを選ぶべきかを言うつもりはありません。目的は、どれを選ぶにせよ、流されたのではなく選んだ状態にすること、そしてどこで痛むかを先に知っておくことです。

案その一:全部きっちり折半

共同の費用をすべて半分ずつ。単純で、収入を明かす必要がなく、独立している感覚がきれいに残ります。同居人どうしや、収入の近い二人にはたいてい正解ですし、その単純さは本物の長所です。表計算が要る取り決めは、捨てられがちだからです。

問題は収入が離れた瞬間に現れます。片方の収入がもう片方の二倍で、共同の費用の合計が少ないほうの収入の半分に達する家庭を考えてください。自分の半額を払い終えたとき、収入の少ない側に自由に使えるお金はほとんど残らず、多い側にはたっぷり残ります。二人は「同じ額」を払いました。同じ家庭に住んではいません。

実際には、たいてい不愉快な二つのどちらかに落ち着きます。収入の少ない側が静かに借金をするか、任意のものすべてから降りていくか。あるいは家庭全体が、少ない側が折半できる水準まで住まいと食事を落とし、多い側がそれを恨むようになるか。どちらも安定せず、どちらも気づくのが遅れます。

案その二:収入に比例させる

二人の収入を足し、それぞれの取り分の割合を出し、共同の費用をその割合で負担します。片方が六百万、もう片方が四百万なら、共同の支払いはすべて六対四。結果として、二人とも自分の収入のうち同じくらいの割合が手元に残ります。負担の重さが等しいという、それなりに筋の通った定義です。

考えたことのある人がいちばん公平だと言いがちな形で、そして現実の問題も抱えています。

最後の点は強調するに値します。比例での分担が、あとから振り返って不公平だったと判明するのは、たいていここだからです。片方が子どもの世話やもう片方の仕事を支えるために収入を減らしていたなら、毎月の現金の流れとして公平な取り決めでも、十年後の位置は大きく不均等になりえます。

案その三:ひとつの財布

収入はすべて共同の口座に入り、支出はすべてそこから出ます。分けるものがないので分け方もない。収入と支出のある家庭がひとつあるだけです。

運用としてはいちばん単純で、賃金の出ない家事、仕事の面での犠牲、稼ぎの差を自然に扱えます。誰のお金かを一度も区別しないからです。長く続いた二人がここに落ち着くことは多い。

必要なのは高い信頼と、実務的には各自のお小遣いです。相談も説明もいらない金額のこと。私的なお金を一切持たずに全部を一本化した家庭は、片方が許可を求めなければならないと感じる力学か、隠れた支出のどちらかを生みがちです。後者は別の意味でじわじわ効きます。お小遣いはわがままへの譲歩ではなく、完全な一本化を生き延びさせているものです。

目を開けておくべき点もあります。完全な一本化は関係が続くことを前提にしています。一本化した家庭をほどくのは、分けていた家庭をほどくよりかなり難しい。それは反対する理由ではなく費用ですが、既知の費用であるべきです。

どの取り決めも忘れがちなこと

賃金の出ない仕事も仕事

料理、掃除、子どもの世話、予約、書類、保険の更新を覚えていること。多くの家庭でこれは偏っていて、上のどの分け方からも見えません。どれもお金しか見ていないからです。収入に対して正確に比例していて、時間に対しては極端に不均衡な分担は、公平だと言い切れるものではありません。

家庭がひとつの意思決定主体としてふるまうのかを疑う、よく知られた経済学の系譜があります。よく引かれる例が Lundberg・Pollak・Wales による分析で、一九七〇年代後半の英国で児童手当の受取人が父から母へ移った制度変更を扱ったものです。支出の傾向もそれに伴って動いたように見え、「誰が受け取るかは関係ない」という考え方とは折り合いません。この結論には争いがあり、何度も再分析されていますし、一国の一度の制度変更という土台は狭い。それでも、家庭に向けた問いとしては十分まっとうです。うちでは、誰が稼ぎ誰が受け取るかは関係しているのか。正直な答えが「している」なら、どんな分け方の規則もそれ単独では直せません。

持ち込んだ借金

奨学金、自動車ローン、出会う前からのカードの残高。よくある立場は「以前からの借金は個人のもの」で、それはそれで擁護できますが、比例での分担とは相性が悪い。借金のある側は、額面の数字が示すより使える収入が少ないからです。まさにこの理由で、返済後の収入に比例させる家庭もあります。どちらを選ぶにせよ、静かな不満の源にせず、明示的に決めてください。

貯蓄と年金

費用は分担しつつ貯蓄は別々なら、ひとつの家庭の中でふたつの将来を走らせていることになります。それがまさに望みなのかもしれません。ただし見落としではなく決定であるべきですし、稼ぎが大きく変わったときには見直す価値があります。

どれを選んでも、実際に回すために

どの規則を選んでも、続くかどうかを決めるのは次の三つです。

  1. 何を共同の費用とみなすかを書き出す。規則は簡単で、言い争いが起きるのは境界のほうです。片方が通勤に使う車は共同の費用か。片方しか食べない夜の出前はどうか。気まずい事例は、誰も苛立っていないうちに決めてください。
  2. 二人とも見られる記録をひとつ持つ。分担の取り決めは、二人が「何にいくら使ったか」について違う認識を持ったときに崩れます。各記録に誰が払ったかが載る共有帳簿は、その再現をめぐる争いを丸ごと消します。争いの大半はそこです。
  3. 感情ではなく予定で見直す。半年に一度、または収入が変わったとき。三年前に公平だった取り決めがいまも公平であることはむしろ少なく、ずれによって不利になっている側は、たいてい最もそれを言い出しにくい人です。

別々の口座で精算しているなら、送金の手段よりも記録のほうが重要です。Fambook は精算アプリではなく共有帳簿なので、誰が誰にいくら払うべきかは計算しません。ただし各記録には誰が使ったかが載り、統計画面は期間をメンバー別に割ってくれるので、計算に必要な数字は手に入ります。月に一度の割り算そのものは難しいところではありません。数字が何であるかを二人で合意することのほうが難しいのです。

よくある質問

収入が違うのに折半するのは不公平ですか。

ひとつの定義では公平です。拠出額が等しい。別の定義では不公平です。負担が等しくない。収入が大きく違う場合、折半は収入の少ない側に自由なお金をほとんど残さず、それはたいてい借金か、任意のものからの撤退として表に出ます。どちらも良い結末ではないので、既定としてではなく意識して選ぶ価値があります。

比例での分担はどう計算しますか。

二人の収入を足して家庭の合計を出し、各自の収入をその合計で割って割合を求め、共同の支払いにその割合を当てます。六百万と四百万なら六対四。ここでの「収入」が額面か手取りか、それとも以前からの借金の返済を引いたあとかは、先に合意してください。その選び方だけで割合は数ポイント動きます。

家計を完全に一本化すべきですか。

運用はいちばん単純で、賃金の出ない家事や仕事の面での犠牲を最も自然に扱えます。かわりに高い信頼と、説明のいらない各自のお小遣いが要ります。お小遣いのない一本化は、許可を求める力学か隠れた支出のどちらかを生みがちです。

家事の大半を片方がしている場合は。

お金にもとづく分け方はどれもそれを勘定に入れません。どれもお金しか見ていないからです。分担の割合を調整する家庭も、仕事のほうを組み直す家庭も、ただ言葉にして受け入れる家庭もあります。まずいのは選ばないことで、その場合の偏りは決定ではなく不満として居座ります。

どれくらいの頻度で見直すべきですか。

半年に一度、そしてどちらかの収入が大きく変わったとき。カレンダーに入れてください。取り決めはゆっくり公平からずれていき、ずれで不利になった側はたいてい、それを最も言い出しにくい人です。

共同口座は必要ですか。

不要です。口座は別のまま毎月精算している家庭はいくらでもあります。必要なのは、二人とも見られる記録がひとつあることです。言い争いはほとんどの場合、分け方ではなく、実際に何にいくら使ったかについて起きるからです。

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Fambook は家族にひとつの共有帳簿を渡します。誰でも数秒で一件書けて、どの記録にも誰が使ったかが残り、ひと月の合計が二か所ではなく一か所にまとまります。圏外でも記録でき、あとから同期します。記録、カテゴリ、予算、統計、CSV の入出力、同期、二人での共有は無料。課金で買えるのは「入力の手間が減ること」だけです。

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